小池百合子(64)が東京都知事として初登庁した8月2日。保育大手ポピンズの代表取締役最高経営責任者(CEO)中村紀子は、都知事就任を祝福するメールを小池に送り、こう書き添えました。「待機児童問題は保育士不足に手を打たなければ解決しません」

 都内で保育園に入れない待機児童は8,466人(4月時点)。全国の3割を占め、都知事選での大きな争点でした。中村さんは小池知事とは旧知の仲。新知事に協力を申し出ました。

 保育園は働く保育士の人数に応じて受け入れられる子の上限数が決まります。施設に余裕があっても保育士がいなければフル稼働できません。「保育士不足が解決できれば、都内のポピンズの保育園だけですぐに100人の子どもを預かれるのに」と中村さんは嘆きます。

■保育士の有効求人倍率、東京は6.24倍

 「2017年度末に待機児童をゼロにする」と数値目標を掲げた安倍政権。政府の大号令で保育園は増えているが、待機児童は減りません。犯人は保育士不足です。保育士の有効求人倍率(16年1月)は全国平均で2.44倍に上り、最も不足が深刻な東京都は6.24倍に達しました。保育事業者は保育士を激しく奪い合います。

 「他社に負けるな。目立つことをやれ」。保育園「アスク」を運営する保育大手、JPホールディングス社長の荻田和宏(51)は、採用担当に活を入れました。

 230人の採用目標を掲げた今春。努力及ばず、30人足りませんでした。保育士資格を持つ本社スタッフを現場に配置転換するなどし、辛うじて4月に計画通り9園を開きました。だがやりくりも限界。来春の新卒採用で250人の確保が至上命令です。

■「入社時に10万円支給」

 初任給の上乗せくらいでは同業他社と差がつきません。秘策の一つは「現ナマ」攻勢です。「ウチの首都圏の保育園で働いてくれるなら入社時に10万円支給します」。採用担当の小林弘輝(30)は北海道から沖縄まで、27都道府県の保育士養成校約100校を訪問し、学生を口説きます。地元志向が強い学生に、都市部へ目を向けてもらいたいと、今春採用から導入した苦肉の策です。

 どこかが動けば他社も負けていられません。国内最大級の保育園を来春、東京都江東区に開くネス・コーポレーション(東京・渋谷)。例年比3倍の100人の保育士を採るため、11月末までに入社を決めた学生に、10万円を入社時に支給します。

 先着30人の予定でしたが、人数制限はやめました。事業本部長の堀本拓弥(48)は「コストが増えても採用目標達成が最優先」と語気を強めます。

■自治体も動く

 待機児童問題に悩む自治体も動きます。「毎月2万円を最長3年間、支給します」。大阪府箕面市は昨年10月、市内の民間保育園などが採用した保育士に現金支給を始めました。今後4年で500人近い保育の受け皿が必要です。幼児教育保育室長の今中美穂(47)は「保育士を他の自治体に取られないうちに先手を打った」。

 「毎月2万円もらえるので生活が助かる」。市内で4月から働く円山亜以(31)は以前、群馬県の保育園に勤めていました。家庭の事情で実家のある大阪に。売り手市場の中で箕面市を選びました。制度を使い働き始めた保育士は5月末までに23人。市はさらに予算を増やします。

 保育士不足の元凶が低収入です。賃金は平均月21万円で、医療・福祉分野の同28万円を大きく下回ります。政府は17年度予算で保育士の処遇を改善します。認可保育園で働く保育士の月額給与を約6,000円底上げし、ベテランには月額4万円程度を追加します。ただ来年度の予算を待っている余裕は、事業者にはありません。

■資格持たない大学生の新卒を採用

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△出典:日経新聞

 「晴れて保育士。試験に無事合格し、ホッとしました」。アスクうきま保育園(東京都北区)に勤務する及川由衣(22)は満面の笑顔を見せます。大学でドイツ文学を学び、今春入社しました。内定を得た昨夏から勉強を重ね、4月の保育士国家試験を受験。8月6日に合格通知を受け取りました。

 専攻にかかわらず大卒者は保育士国家試験の受験資格が得られます。そこに目を付け、アスクでは通常の枠とは別に、資格を持たない大学生の新卒採用を初実施。22人が入社しました。資格を持つ人が採れないなら、内定後に保育士に育てればよい。保育士不足が編み出した奇策です。

 待機児童ゼロの達成期限まで約1年半。「我が子を保育園に」。子を持つ人、子を持とうとする人の切なる願いはかなうのでしょうか。実現への道を追います。